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二期会オペラ『ドン・カルロ』@東京文化会館

この前の日曜日に、二期会オペラ『ドン・カルロ』を観に、生憎の雨だったけれど上野まで。

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『ドン・カルロ』は、16世紀のスペイン宮廷を舞台にしたヴェルディーの傑作だけれど、 絢爛豪華な超大作でコストがかかりすぎるため、日本ではたま~にしかやられない。

今回は、5幕で4時間超の長い演出ではあったけれど、舞台を20~30年後の未来のスペインに設定し、現代的でシンプルなセットになっていた。描かれる価値観は16世紀のままなのだけれど、反動が急激に進んでいる今の世の中を見ていると、あれが近未来かもしれないと思ったりもする。

単なる悲劇の恋愛物語ではなく、為政者や権力者がそうあるべきかを問うような、現代にも通じるテーマも含まれている。そして、人民を支配する権力者も宗教(教会)に支配されているということ。宗教が権力という名の暴力を振るわせる。おかしいほどに現代に通じる。

演出したロッテ・デ・ベアがインタビュー記事で、なぜ「近未来」に設定したのかという問いに、明白に確認できる歴史的な状況ではなく、人間の共同体そのものを問題にするためだ、と答えていた。そういう視点から、思想の自由を求めるロドリーゴの姿が印象的に描かれていたように思う。

バスやバリトンの低音も引き立つ作品なので、ロドリーゴ役の小林啓倫さんのバリトンがなおのこと印象的だった。

最後のカーテンコールで写真OKだったので、一人で観に行くときの指定席(?)から1枚。

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theme : 演劇
genre : 学問・文化・芸術

tag : オペラ

『三輪』を鑑賞@梅若能楽学院会館

7月の梅若会定式能で、川口晃平さんが『三輪』を舞われるというので、出かけてきた。

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『三輪』は、晃平さんによると「大和の三輪山を舞台に神代の恋物語と天岩戸神話が展開する古曲」。

大和国三輪の里に住む玄賓(げんぴん)僧都の庵に、毎日水を運んできてくれる里女がいた。ある日、玄賓がその女の住む三輪山を訪ねると、女体の三輪の神が現れ、玄賓に、神も衆生を救うために迷い、人と同じような苦しみを持つので、罪を救ってほしいと頼み、三輪の里に残る神と人との夫婦の昔語を語り、神楽を舞い、やがて天の岩戸の神話を語り、夜明けとともにその姿を消して、僧は夢から覚める、というお話。

舞台となっている奈良県の三輪の里は古代神話の故郷であり、三輪山全体をご神体に戴く。三輪の守は男神なのだけれど、それが女体となって現れ、 後半の神と人との婚姻物語、神代のはじめの天岩戸神話にむけて、舞台上の時空が古代へと引き戻されて行く。なんとも神秘的で幻想的なお能なのだけれど、ちょっと消化不良。

このお能は詞章をしっかり理解して、地謡の言葉をきちんと聞き取れるようにならないとだめだわ、と思った次第。現代語訳のお能ってないのかしら? って思ったりする。訳付きの謡本はあるのだけれどね。

もう一番は松山隆之さんの『自然居士』。こちらは勧善懲悪の活劇能。こちらはわかりやすいお話なので楽しめた。

ところで、この公演後、晃平さん、重要無形文化財保持者総合指定を受けたそうです。おめでとうございます。ますます励んでくださいませ。

 

theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

「杜若」と「碇潜」を鑑賞@テアトル・ノウ東京公演

能楽師シテ方の味方玄さんが主催するお能の公演、テアトル・ノウ東京公演を鑑賞した。

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今回は「杜若」恋之舞と「碇潜」船出之習。
この2つの演目については、以前、味方さんが講演なさっていて、その時のことをここでも書いている。

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杜若は、三河国八橋にさしかかった旅の僧が、美しく咲く杜若を眺めていると、杜若の精だというの女が現れて、その地でかつて杜若の歌を詠んだ在原業平と彼の恋の様々を語りつつ謡い舞う、というお話。歌や舞を見せる作品だ。

味方さんの所作は美しい。足の運びにはいつも見とれてしまう。橋がかりから舞台に出ていくときの歩く姿は、台車に乗っているのか氷の上を滑っているのかと思うほど。スーっと滑るように移動していく。味方さんが舞う杜若の精は、高子の后のようでもあり、業平のようでもあり、妖艶。クリ・サシ・クセを省略せず「伊勢物語」の文と歌をちりばめながら業平の跡を優美に語る舞から序の舞へと、中を抜かずに1時間半。その体力にも感嘆した。

狂言「水汲」と、観世淳夫、観世喜正、片山九郎右衛門による仕舞を挟んで「碇潜」。

「碇潜」は、壇之浦の合戦で平家一門が滅亡した姿を描く作品。決まった台本がないそうだが、今回は、初演が好評だった台本・演出をもとに再構成したものだそうだ。

壇之浦へ沈んだ平家一門を弔うために早鞆までやってきた都の僧が、壇之浦まで漁翁の船に乗せてもらう。漁翁は僧の請いに応えて、壇之浦の合戦における能登守教経の活躍を語りだすが、やがてその昔語りと現実が重なり、教経とその敵方武将がともに消えて(海に沈んで)前場が終わる。

後場は、夜の海に大きな船が表れる幻想的な場面からはじまる。船の中から人の声が聞こえ、船に掛けられていた幕が下ろされると安徳天皇、二位の尼、大納言局が座っている。傍らに平知盛が控えている。安徳天皇、二位の尼、大納言局が入水すると、源平の戦いがフラッシュバックするように、知盛が大長刀を振るって回る。やがて舟橋に括り付けた碇の綱を手繰り寄せて、大きな怒りを高々と持ち上げ、海に沈んでいく。

知盛の無念、人間のはかなさを表現しながらのダイナミックな活劇のような舞は圧巻だった。

終始、魅せられっぱなしの土曜の午後でした。

 

theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

能楽『碇潜』のお話

「碇潜」と書いて 「いかりかづき」と読むそうだ。
かずき(潜き)って私のPCでは変換できないのだけれど、広辞苑には載っていた。「水中にもぐること。または、その人。」だそうだ。「淡海(おうみ)の海に潜せな」と古事記の例も。

「碇潜」は、「壇ノ浦の戦い」で海に沈んだ平家の武将のお話。祖母・二位尼(にいのあま)にいざなわれて、三種の神器とともに入水した幼い安徳天皇と運命を共にした総大将・平知盛の修羅の苦しみ描いた曲。

平家の菩提を弔うため壇ノ浦までやって来た平家の縁者だった僧が、浦の渡し船の船頭に法華経を読誦してやった代わりに、壇ノ浦の戦いの様子を語るよう所望する。すると、船頭は平教経の奮戦のさまを語って、自分こそ平家の武将の幽霊だと言って消える。僧が平家のために法華経を手向けていると、総大将・平知盛の幽霊が現れ、平家滅亡と自らの最期の様子を語って消えてゆく、というストーリーだ。

先週開催された歌舞伎座花篭講座 能役者が語る能の名品・第6回で 味方玄さんが語ったのがこの曲だった。 7月に味方さんが主催されるテアトル・ノウの演目でもある。

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このチラシのシーンは、平知盛が入水するときに、再び浮かび上がってくることのないよう、碇を担いで波の底に沈んでいったという言い伝えを表現したシーン。

あまり出ない曲だそうで、古い資料をあたって研究なさっているご様子。どんな工夫がなされるのか、7月の公演が楽しみである。

 

theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

能楽『杜若』のお話

伝統文化交流協会が主催する「味方玄の能楽ちょっといい話」という会が時々ある。今回は「杜若」。季節的に選ばれたということもあるけれど、7月に味方さんが主催するテアトル・ノウでご自身が舞われる曲の紹介という意味もあるのだろ。テアトル・ノウのチケットをすでに先行予約している私としては、公演前にぜひお話を伺いたい。ということで会場の清澄庭園まで出かけた。

『杜若』は『伊勢物語』第九段の歌を題材にした曲だ。
  からころも(唐ころも)
  き(着)つつ馴れにし
  つま(妻)しあれば
  はるばる来ぬる
  たび(旅)をしぞ思う

能の作品には、無念に死んでいったものの恨みや葛藤など深刻なテーマを扱ったストーリー性の高いものが多いのだけれど、この「杜若」はただの舞踏と歌曲のような作品。ストーリーによって感動させるのではなく、歌や舞によって芸術性を発揮しなければならないというころだろうか。だから、十分に修練した熟練の役者でないと面白くない。

今回の「ちょっといい話」は、味方さんが舞う映像を観ながらクセ舞の部分を中心としたお話。いつものようにお衣装の実演も。

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参加者の質問で、例えば業平とか高子の妃とか杜若の精とか、誰の気持ちで舞うのか、という質問に、「何も考えずに舞います。見る方に感じてほしい」と味方さん。その答えに、質問なさった方は理解できないとおっしゃっていたけれど、何年も時を重ねて身に着けた芸の、その究極の舞の一挙手一投足に意味を超えた何かを感じてもらいたいということなのだ思う。

それで、ふと気づいた。日本舞踊を習っていると、師匠に、だれだれの気持ちで踊れ、とよく言われるのだけれど、それは初心者へのアドバイスなのだ。誰かの気持ちになって踊るのは、それは自己満足の踊り。つもりになっている誰かに見えるように踊るまでの域に到達するのも大変なのだけれど、それを超越して、無心に踊って観る者を感動させられるのが一流ってことなのだろう。

会場の清澄庭園は、晴天の涼やかな風に、杜若ではなく菖蒲の花が咲いていた。

 

theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

オペラ「アイーダ」@新国立劇場

新国立劇場の25周年記念公演『アイーダ』の千穐楽に行ってきた。

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演出はフランコ・ゼッフィレッリ。この『アイーダ」 は新国立劇場の記念公演としての定期的に上演されている。前回は2018年4月に20周年記念公演は私も観た。前回の公演についてはここで少しだけ書いた。

華やかな衣装、装飾を凝らした舞台は前回と同じなのだけれ、総勢300人を超える出演者が舞台の上に集まっている光景は、コロナ禍では無理だったのではないかと思うと、特別な感動もある。それに加えて、出演者が素晴らしかった。5年前とは全く違う印象で、とにかく魅了だれてしまった。

アイーダは特に、タイトルロール アイーダの敵役 エジプトの王女アムネリスが歌う場面がとても多いのでアムネリスのメゾ・ソプラノはとても大切。今回はアイリーン・ロバーツが歌った。いや、素晴らしかった。アイーダの相手役 ラメダス役のロベルト・アロニカも伸びの良い美しいテノールにも聞き惚れてしまった。そして、アイーダの父、エチオピア王アモナズロ役の須藤慎吾も秀逸だった。

祭祀 ランフィスは前回と同じ妻屋秀和。安定のバスだ。

開場には「ブラボー」が何度も響き、アフターコロナなのだなと実感。でも、マスク率高く、うっかりマスクを外して、お友達とおしゃべりしてしまったら、お隣の席の方に、マスクしないならしゃべるな、と注意されてしまった。ごめんなさい。

ずっと閉じていたクロークも復活していた。


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theme : オペラ
genre : 音楽

第3回「こがねい春の能」へ

観世流能楽師で、期待の若手と勝手に私が押している川口晃平さんが主宰する「こがねい春の能」を観に小金井宮司楽器ホールへ。

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能楽堂ではなく一般のホールでのお能だ。シテは舞台に柱がないと舞えないので、代わりにガラスの柱が3本だっていた。屋根もないので空間が広いく舞台がとても大きく見えた。ガラスの柱から反射する光が効果的。壁には松はなく、橋掛かりにもない。ガラスの柱だけの舞台で仕舞が2曲と狂言「清水」。能が始まると龍と柳の幕(?)が3枚静かに降りてきて、正面に掛けられる。松の代わりだろうか。

この舞台はアーティストの阿部朱華羅さんによるものだそうだ。

演目は「隅田川」。子供を人さらいにさらわれた母親が、京からはるばる東国武蔵の国の隅田川まで息子を探してやってきて、その地で息子の死を知るという、世阿弥の息子、観世元雅の作品。能の演目の中で
能の中で最も悲しい曲だと、晃平さん。

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息子の死を知った女が、その子の眠る塚で子を弔うシーンの演出がなんともよくできている。女が悲嘆にくれながらも念仏を唱えていると、地謡とともに子どもの謡も聞こえてきて、やがて塚の中から子(子方)の亡霊が姿を現す。女が抱きしめようとすると消えてしまう幻に、一層悲しみが増す中、やがて夜が明けて亡霊の姿も消えてしまう。

このシーンをめぐっては、世阿弥と元雅とで論争があったそうだ。わざわざ子供を出さないほうがいいという父に、元雅は、いやいや出した方がいいと。どうしても出したかった元雅は父の反対を押し切ってしまう。

確かに、出さなくても母の悲しみは十分伝わるのだろうし、今でも、子を出さない演出もあるそうだ。でも、子を抱きしめようとして近寄ると、腕をすり抜けてしまう幻を何度も追いかける母の姿に、母の深い落胆がよく伝わり、一層悲しみを誘う。

シテが付ける「深井」という面もまた効果的。晃平さんの体から醸し出される悲しい雰囲気とも相まって、顔を伏せると泣いているように見えた。

とても素晴らしい舞台だった。来年の「こがない春の能」も期待したい。

 

theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

能楽「三人の会」へ

3月11日はちょっとハードな一日だった。

3.11のチャリティーコンサートに行く前に、観世能楽堂でお能を鑑賞。


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「三人の会」という観世流の若手シテ方能楽師三人が主催する会の特別公演があったのだ。三人のうちのひとり川口晃平さんは、私が最近注目している能楽師。「山姥」を舞った。


晃平さんは声が通って、謡がとても心地よい。舞も大きくて美しい。


ところで、観世能楽堂は今回が初めて。実は来年、ここの舞台で踊る予定。ということでちょこっと下見も兼ねたのだった。


theme : 能楽
genre : 学問・文化・芸術

味方玄の「能楽ちょっといい話」

伝統文化交流協会主催「味方玄の『能楽ちょっといい話』」を聴きに清澄庭園内の大正記念館まで出かけた。


今回は、木曽義仲の忠臣かつ愛妾として語り継がれる女武者・巴御前のお話、戦場に散った気高き愛のお話だ。


主君とともに命を絶つことを許されなかった女性の無念と悲しみを描いた曲。年配の能楽師が舞うよりも若い方のほうがふさわしいそうだ。


木曽義仲が亡くなった後のお話は、昨年の大河でも描かれていたけれど、彼女がその後どう生きたかなんて、この曲のなかではどうでもいいことなのだという味方さん。能楽師らしい視点だ。


巴の後場の衣装の着付けの実演もあった。



今年の秋、テアトルノウ京都公演の演目にもなっているそうだ。きっと、お嬢さんの梓さんが舞われるのだろう。


今年は京都の公園にも行ってみたい。



そしてこの日の装い



京都で踊ってきました

TOKYO日本舞踊LIFEの京都舞踊会が10月9日に開催され、私も京都で踊ってきた。


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場所は平安神宮すぐそばの岡崎庵という結婚式場。そこに能舞台のような真四角の舞台があり、そこをお借りしての舞踊会。


本物に触れるのは大切という師匠の考えで、着付、結髪から地方まですべて一流のプロをそろえてのお会だった。とはいえ、私はまだ生の演奏で踊るほどの技量もなく費用も掛かるので、音源はCD。


師匠が雨女なので、やっぱり雨の一日だったが大盛会。終盤にかけては満席で立ち見の方もたくさん。そのため大トリの師匠の舞をちゃんと見ることができず(´;ω;`)


日本舞踊を始めて4年。月2回のグループでのお稽古を細々と続けているが、こういう発表の場があるのは楽しいし、励みになる。次はもっと上手に、と欲も出てくる。


さて、次は12月。調布市の「和の出会い」というイベント。こちらは5人で松づくし。本当は今年の1月に行われるはずだったイベントで、お正月用におめでたい演目として師匠が用意してくださったのだが、コロナの影響で年末に踊ることに。


もうすっかり忘れてしまっている気がするのだが、体が少しは覚えているのだろうか?


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Author:miemama
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