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後期の授業が始まりました。

某翻訳学校の後期の授業がスタート。6月の体験レッスンの時に「着物で授業」のデビューを果たしたので、今期は特別なことがない限り、着物で講義をするつもり。

初日の仕事着はこれ。

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シルックの単衣に柴山千代子さんの八寸名古屋帯。半巾帯にしようと思っていたのだが、なんだか帯枕をしないで満員電車に乗るのが心もとない気がして、名古屋帯でお太鼓にしてしまった。

9月も末で涼しくなってきたこともあり、そろそろ普段着も着物にしようかと思い、着替えたのがこれ。

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しじら織に博多の半巾。この半巾帯、京都きもの市場の展示会に行ったときに、(何も買ってないのに)お土産にいただいたものなのだが、なかなか使い心地がよいし、しっかり締まる優れもの。これから活躍しそう。

夕飯の支度のこんな。

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割烹着だと暑苦しいので、普通のエプロンにしてみたところ、襷の代わりになっていいかも……と思ったのだが、袖がやっぱり飛び出してきて邪魔になるので、結局こんなかっこうになってしまったのだった。

        

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紬は裄短めがいいみたい

着物にはまり始めたころに買ったリサイクルの結城紬を久しぶりに着てみた。

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これ、裄が私の通常の裄長より3cmくらい短い。なので、その後仕立てた長襦袢の上に着ると、長襦袢の袖が飛び出してしまう。これを着るには、いちいち長襦袢の袖を詰めて裄を調整しなければならないので、どうしても袖を通す機会が少なくなって、タンスの肥やし化していたのだった。

でも、外の空気に当てて呼吸をさせてやろうと思い、着てみてびっくり。なんか、短めの裄って動きやすくて、いい感じ。着心地がいい。そして、私が誂えた紬の着物って、見た目はとっても素敵なのだけれど、なんとなくぶかぶか、もたついて、着心地がよくないなとうすうす感じていたことに気づいた。

そうだ、紬は裄を短めにしたてよう。サイズに間違いはないのに、なんとなくぶかぶかだった袷の結城紬も、春に誂えたごわごわした感じのアタカスも、裄を詰めればよくなるかもしれない。

        

DOCトルジャーノの赤

金曜日の夜はワインで、が常態化か?

先週の金曜日のワインは、ルンガロッティ社のトルジャーノ・ロッソ。イタリア ウンブリア州のDOCワインである。

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甘い香りで、最初は渋みを感じるけど、その後はソフトな味わい。

ワインのお供に、鶏モモ肉とお野菜を蒸して、マヨネーズ、お醤油、柚子胡椒を混ぜたソースでいただいた。美味。

このワインを購入した時にもらった資料(画像をクリックすると拡大表示します。)
img011.jpg 

        

文末の分詞構文

同業者とおしゃべりするのは得るところが大きい。

今回教えられたことの第1は、
分詞構文の意味上の主語は主節の主語に一致するのが原則であるが、文末分詞構文は、前文全体または前文の一部を意味上の主語とできる
ということ。

主節の主語と一致しなくてもいいなんて知らなかった。確かにそういう文を多く見てきたが、少なくともノンネイティブの我々は使うべきでないと思っていたのだ。

人から聞いた話を鵜呑みにするのも危険なので、裏をとってみた。
など、いくつかのサイトでそのことに触れている。

前文全体を先行詞とする関係代名詞非限定用法と同じ働きをするのだそうだ。前から時系列に読ませ、直前に置かれている文全体を受け、「~につながる」「~を引き起こす」「~する」といった内容を表すことができるのだとか。

表現の幅が広がるではないか。

        

"such as"の限定用法と非限定用法

かってに限定用法とか非限定用法とかという言葉を使ってしまったが、本来は、such as の前にカンマがあるかどうかで意味が異なる。

以下は"The ACS Style Guide" に記載されていた説明の訳文である。 
----ここから

 “such as” や “including” で導かれる句は、制限的である場合と非制限的である場合がある。前者の場合はカンマで区切らない。後者の場合はカンマで区切られる。

Potassium compounds such as KCl are strong electrolytes; other potassium compounds are weak electrolytes.
Previously, we described a mathematical model including a description of chlorophyll degradation in foods.
Divalent metal ions, such as magnesium(II) and zinc(II), are located in the catalytic active sites of the enzymes.
Hydrogen-bonded complexes, including proton-bound dimers, are well-known species.

最初の2つの文は、"such as”を用いた句がないと理解できないので、制限的である。3つめ、4つめの文は 、"such as"  以降の句がなくても意味が通り、非制限的に使われている。

-----ここまで

つまり、such as の前にカンマがない場合は、like 「~のような」の意味になり、カンマがある場合は、「例えば~」という意味で、such as の後ろには具体的な例が記載される。

このルールの通りに使い分けていないことも多いようにも思うのだけれど。

        

初めての文楽鑑賞

仕事に追われていると、あっという間に1週間が過ぎてしまう。忘れないうちに書き留めておかなくては。


先週土曜日、今年、3回目の「青山華の会」の催しで、国立劇場第200回文楽公演を鑑賞してきた。演目は九尾の狐の伝説による「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」。



公演の前に、劇場向かいの伝統芸能情報館で文楽の見方や演目の見どころについて、国立劇場の舞台監督歴20年という松尾宰氏にレクチャーをしていただいた。


「玉藻前曦袂」は、今年4月の「華の会」で、「道春館の段」を義太夫節浄瑠璃の人間国宝 竹本駒之助さんの女義太夫で少しかじっていた。その時、日本文化ジャーナリスト氷川まりこさんに、全体のストーリーをレクチャーしていただいていたので、流れはなんとなくわかっていたのだが、松尾氏が、眠くなるとか、パンフレットを読んでおかないと全然わかりませんよ、などと脅すものだから、もしかしたらつまらないのか? と不安であった。


しかし、意外や意外、面白かったし、人形遣いの見事さに眼が吸い寄せられたり、浄瑠璃の太夫だんの声に圧倒されたり、見所満載で寝てなんかいられなかった。


今回の公演は、3段の「清水寺の段」から最後の「化粧殺生石」までが演じられた。「化粧殺生石」が演じられるのは実に43年ぶりなのだそうだ。松尾氏の話では、この段は人気がなく、演じられてこなかったという。今回が最後かもしれないし、評判が良ければ、またやるかもしれないとおっしゃっていた。


しかし、これがなかなか面白かった。那須野が原に逃げた妖狐が退治されて、近づく人間や動物を死に追いやる殺生石となって、毎晩、座頭市や雷様、夜鷹や女郎などなど、いろいろな人に化けて賑やかに踊り狂うというフィナーレにふさわし華やかさと楽しさがあった。


途中、話がつながらないところがあったのだが、後から調べてみたら、妖狐を退治する陰陽師安倍泰成が那須野が原で獅子王の剣を見つける「十作住家の段」というのが抜けていたのだった。古典芸能というのは、洋の東西を問わず予習をして、ストーリーを頭に入れておくことが必要である。


さて、今回着ていったおきものはこちら

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染色クリエーター加納寛二さんの工房の単衣と、正倉院の「牙撥鏤尺」の文様の名古屋帯。帯締めは赤系でもよかったかも。


        


tag : 文楽人形浄瑠璃

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