英語翻訳版の『キッチン』
前回からの流れで、吉本ばなな『キッチン』の登場する「台所」、「厨房」、「キッチン」の訳を確認してみた。
英語翻訳版はこれ。翻訳は Megan Backus さん。
1.さて、原語版に頻繁に登場する「台所」の訳は?
例えば、冒頭
私がこの世で一番好きな場所は台所だと思う。
……。
ものすごく汚い台所だって、たまらなく好きだ。
The place I like best in this world is the
kitchen. ……
I love even incredibly dirty kitchens to distraction
……
田辺家に拾われる前は、毎日台所で眠っていた。
Before the Tanabe family took me in, I
spent every night in the kitchen.
2.たった1カ所登場する「厨房」
ふと気がつくと、頭の上に見える明るい窓から白い蒸気がでているのが闇に浮かんで見えた。耳を澄ますと、なかからにぎやかな仕事の声と、なべの音や、食器の音が聞こえてきた。
――厨房だ。
私はどうしようもなく暗く、そして明るい気持ちになってしまって、頭を抱えて少し笑った。……
Looking
up, I saw white steam rising, in the dark, out of a brightly lit window
overhead. From inside came the sound of happy voices at work, soup boiling,
knives and pots and pans clanging.
It
was a kitchen.
I
was puzzled, smiling about how I had just gone from the darkest despair to
feeling wonderful.
3.そして最後の「キッチン」
夢のキッチン。
私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。……
Dream kitchens.
I
will have countless ones, in my heart or in reality. ….
ーーー
やっぱり kitchen にしかならないようだが、でも前後の文脈から、記憶の中の the kitchen や 一般の家庭のkitchen、レストランなどの機能的な kitchen、そして未来の、みかげの心が満たされていくであろう kitchen と、それぞれ違う kitchen であることがよく表現されていた。
和語と漢語と外来語と、3種類の表現ができる日本語ってすごい!、と一瞬思ったのだけれど、英語には英語で、たくさんの同義語があり、細かく微妙なニュアンスの違いを単語を使い分けることで表現していたりする。助動詞の多さも表現の幅を広げている。日本人には(私だけか?)can とmayの微妙な違いを十分に表現するのは難しい。
そんな言語間の違いを理解して、作者の意図や登場人物の気持ちを理解しながら、言葉を選び編んでいく文芸翻訳者ってすばらしいわ。
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